#劇場版おっさんずラブ ~黒澤武蔵の恋と記憶喪失~
※この記事は以前ふせったーに掲載したものを再掲したものです。
劇場版における黒澤武蔵の心の動きは難しい。
ドラマ以上にコメディパートを担っているし、「記憶喪失」という仕掛けもあって何を考えているのかがどうしても理解しづらい。何か解釈の端緒だけでも見つけたいと思っていたのだけど、いまだに上手く言葉にならない。
でも、この13回の鑑賞で感じたことを書き留めておきたいと思う。
ちなみにこれは解釈でもなければ考察でもない。ただ、私はドラマの黒澤武蔵が大好きなのだ。春田に対する恋心は一見するとコメディなのに、その想いは彼にとっては正真正銘真剣そのもので、だからこそ春田を突き動かしていく。そういう黒澤武蔵が大好きだ。
だから、劇場版の黒澤武蔵を単なるコメディ要員として受け止めたくなかった。
そういう視点から見た自分に対する補完だし、だからこれは「考察」ではなく妄想だ。
黒澤は、今でも春田のことが好きだと思う。
1年前の結婚式で、春田に振られてしまったけれど、それで春田のことが吹っ切れたわけではないと思う。ドラマの最後で黒澤は「思い出に代わるには、まだ時間がかかるな」と言っているけれど、1年経っても完全には忘れられていない。
でも、黒澤はかつて春田から振られた際に言われた「純粋な上司と部下の関係に戻りたい」という言葉のとおり、春田の前では良い上司でいたことだろう。
親密さを感じる「はるたん」呼びは封印し、香港から戻ってきた春田を上司として暖かく迎え入れる。
でも、なんとなく違和感を感じたのは、ジーニアス7のミーティングのときだ。
この場面は、登場人物たちの感情が錯綜するので、とにかく見所が多い。毎回、どこを見ていいか分からなくなる、大好きなシーンのひとつである。
狸穴と壇上で握手し、ほっと一息つくとともに、自信にあふれる牧の表情。それを見つめる春田の表情。さらに春田の異変に気付くジャスティスの表情。そして、ジャスティスと春田の間にいる、黒澤武蔵の表情。
黒澤は、春田が牧の様子を気にしていること、特に狸穴に対して嫉妬していることに気が付いている。ジャスティスが単純に違和感を持っているのならば、おそらく黒澤は春田の表情の真意まで分かっている。春田の牧に対する恋心を、直接感じ取った瞬間だと思う。そのうえで、少しだけ寂しそうな顔をする。いや、実際には分からない。おそらく、見る人にとって全然違う表情に見えるはずだ。でも少なくとも私にはそのように見えてしまった。
そのとき、もしかして、黒澤は現在進行形で春田に失恋し続けているのではないだろうかと思った。武川は、黒澤が記憶喪失になった原因について、蝶子に対し「春田に振られた心の傷がよほど深かったのか」と言っていた。でも、「振られた」という過去の時点の話ではないのではないか。今でも、黒澤は春田への思いを完全に吹っ切れていないのではないだろうか。
もちろん、黒澤の中では春田への恋心は完全に終わっているはずだし、黒澤武蔵たる男があそこまでやり切った後に未練として受け取られかねない気持ちを春田に見せることはないと思う。あの結婚式で、上司として牧のもとに送り出したその気持ちに嘘はない。春田にとっての理想の上司でいるために、もう一度春田に思いを伝えることはないし、ましてやかつてのように「はるたん」とは呼べない。でも、今でも春田のことが特別な存在であることには変わりない。その想いは複雑で、未だに整理しきれていない。
黒澤は、倉庫の中で牧に「俺は気持ちを伝えたいだけなの!!」と言うけれど、あれこそが本音だったのではないかと思う。
春田のことを諦めたとはいえ、「好き」という気持ちそのものが完全になくなったわけではないし、これまでどおり「はるたん」と呼び合える関係でいたかったのではないか(しかも、二人は1年の時間をかけて上司部下を超えた関係を深めてきたのだ。決して嫌いになって離れたわけでもない。その関係性がお互いにとって特別であることは、「はるたん」と呼ばない黒澤に違和感を感じ続ける春田をしても明らかだ。)。
だけど、春田のことを想えばこそ言えなかったと思う。純粋な上司と部下でいるために。
だからこそ、こうした春田の記憶(春田への複雑な、自分の本音を縛る気持ち)が消えれば、もう一度素直に春田に対して恋をしてしまうのだし、「はるぽん」とあだ名をつけてしまう。
黒澤が牧に言う「言わなくても分かって欲しい、構ってヒロイン爆誕!!」「結局自分のプライドが高いだけでしょ!? 本音でぶつかるのが怖いだけでしょ!?」「カッコ悪いところも全部見せあえるのが、本当の愛なんじゃねえのかよ」という一連の言葉は、春田と牧のことをずっと見てきた黒澤だからこそ伝えられる言葉である。
でも、その一方で、あそこであれだけ重い言葉を牧に対して突然言うのはやや違和感もあって(黒澤は春田に関係する部分だけ忘れているので尚更)、個人的には、あれは記憶を失う前の自分自身に向けて言っているような気も薄っすらするのである。
上司と部下であるという春田との関係に固執するがあまり、以前のようにうまく本音を伝えられなくなってしまった黒澤が、自分に対して言いたかった言葉ではないだろうか。
だからこそ、黒澤が記憶を取り戻すのは、春田に恋をした瞬間を思い出したときなのだと思う。
黒澤が春田に対する想いが溢れたその瞬間の気持ち、黒澤が封印していたけれど、本当は大事にしておきたかったその気持ちを思い出したからこそ、「なんてこったー!」なのだ。あの「なんてこったー!」には、「俺はなんて大切なことを忘れていたのだ」という意味と、「俺はなんてことをしてしまったんだろう」という意味ではないかと思っている。
記憶が戻った黒澤には、記憶を失う前の春田への整理が付かない自分の気持ちと、記憶を失っても春田に恋をしてしまった自分の気持ちの両方が併存していたことと思う。春田が自分を「シンデレラにした」そのときの思い出が、春田を諦めた今でも大切なものであること、春田との結婚が叶わなくたって春田が大切だと思う本音まで否定し続けなくても良いと思えたのではないだろうか。
自分の正直な本音に向き合えたからこそ、最後には「はるたん」と呼ぶのだ。
もしかしたら、それは格好悪いことなのかもしれない。でもそれが今の黒澤にとっての春田への「愛」の形そのものなのだと思う。
ラストでブーケを受け取り、「黒澤武蔵、幸せになりまぁす!!」というあの黒澤の晴れやかな顔が私は大好きだ。
あれを見ると「私の好きなおっさんずラブが戻ってきた」と思う。
あの瞬間、ずっと失恋し続けていた黒澤武蔵は本当の意味で春田への想いが吹っ切れた、そう感じる。黒澤にとってその想いは真剣そのもので、だからこそちょっとおかしくて、そして切ない。本当の意味で、ドラマの続きの黒澤武蔵を見ることができたような気がして、ウルっとしてしまうのだ。
劇場版では、分かりやすいコメディを全面に出すために、黒澤はもう一度春田に恋をしなければならなかった。つまり、彼は記憶を失わざるを得なかったという側面もあると思う。
でも願わくば、記憶を失わなくても、春田のことを牧のもとへ送り出しても、それでもやっぱり春田に対しては特別な想いを捨てきれない、たまには「はるたん」と呼んで牧に怒られてしまうような、そんな黒澤の日常も見てみたいと思う。
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