#おっさんずラブ の魅力~春田創一が「恋」に気が付くということ~
7話ラストの衝撃
「とんでもないドラマを見てしまった……」
ひとり震えが止まらなかった7話の視聴後。溢れ出る感情にはやり場がなく、またこの衝動をどのように表現したらいいのか分からず途方に暮れていた。そのなかで、気持ちを抑えておくことができなくて、ブログ記事をひとつ書いた。
正直、自分のこれまでの経験のどこにこの気持ちを当てはめたらいいのか見当もつかなかったので、ピンと外れなことを書いているところも多い。
でもひとつだけ、今でもそのとおりだと思う言葉がある。
それは、7話のラストシーンに対する「強烈に感情を揺さぶるシーン」というものだ。
おっさんずラブを見ていたミナサマ。
特に私と同じくBLにはそんなに造詣が深くありませーん、という皆々様方。
あのシーンを見てどう思われただろう。
このドラマは気持ちが良いくらいまっすぐなので、私も正直に告白しましょう。
これはなに。この震えてしまう興奮はなに。キスシーンでこんなに震えてしまうもの?
男同士に慣れていないから? 中学生が初めて漫画のラブシーンを見てどきどきしちゃうような? えっなんなの? 端的に言うとエロなの? これはエロに対する興奮なの?
……当初ね、私はそう思いましたよ(笑)キスシーンを見て、こんなにも震えたことはなかったから。脳内ではドーパミンがドバドバと分泌され、興奮が止まらなかった。
なぜ、私はこんなにも心を動かされているのか。感動し、震えが止まらないのか。
それを語る言葉が見つからなかった。特に、私には恋愛ドラマを語る語彙が無かったから、この興奮を表す適当な単語が思いつかなかった。
それでも、感覚的に感じたのは、あの最後のキスに、私はとんでもないほどの衝撃を受けたということだった。
何回か見返すうちに、それが何か少しずつ整理されてきたので、今回はその感動を少しでも言葉にしたい。
春田はいつから牧のことを「好き」になったのか
まずはこの問いから。これは難しい。私はこの解釈がドラマを見るたびに変わる。
何度考えても楽しくて仕方が無いのだけど、私は「好き」という感情でいえば、遅くとも職場で再会した時点からだと思う。
ただし、時折言われているような牧くんに「一目惚れ」という言葉にはやや違和感がある。
「一目惚れ」とは、まさしく「恋」を予感させる言葉だけれど、春田の牧に対する「好き」の意味はもっと広く曖昧だ。
そもそも、この話を議論するには、言葉をきっちり定義する必要がある。
「好き」という言葉は、それ自体の概念が広く曖昧であるため、使う人によってその意味が異なる言葉だと思う。春田の牧に対する感情にこの言葉を用いると、その意図するところがぶれてしまうおそれがある。だから、もう少し丁寧に言葉を選んでいく必要がある。
当初、春田が牧に抱いた「好き」は、前日の合コンで一緒になった同僚が、翌日同じ営業所に偶然異動してくるという奇跡に対する驚き、若しくは喜び(それを人は運命と呼ぶのかもしれないけど)、あるいは親近感ではないかと思う。
それは「恋」――相手を求める気持ち。自分のものにしたい気持ち。相手に対する「~したい」という欲求――とは少し違う。
その一方で、1話においては、春田は牧に恋をしているのではないか、と感じるシーンもいくつかある。
例えば、牧と第二営業所で再会したときの、とんでもなく嬉しそうな顔。
チラシ配りが終わった、帰宅途中の牧に偶然会った時のはしゃぎよう(特にこのシーンは、ずっとチラシを配り続けたという牧を心配し、思わず手が触れそうになるなど身体的距離も近く、後から見返すと好意があるように見えなくもない。)。
その他にも、改めて言及するまでもない「営業虎の巻」を牧に「プレゼント」するシーンなど、明確な言葉にはしないけれど、恋を予感させる行動はこの時からしている。
でも春田は、自分の内にある「恋」に気付かない。
このときの、春田にとって、それは自分の中にある数多くの「好き」のひとつにすぎない。
私は、このドラマのこの部分が凄く好きである。
――春田の中にこうした「恋する」気持ちがはじめから存在しているのにもかかわらず、他でもない春田自身がその気持ちに気付いていないところ。
自分の牧に対する気持ちに名前を付けられず、その気持ちの存在をみとめることも、理解することもできない。
だから、春田の場合は、気持ちよりも先に行動が出る。
これは、牧の場合とは逆である。牧は、気持ちが高まると、それが抑えられず思わず行動に出てしまう。例えば、1話での“シャワーキス”のように。
一方、春田の場合は、まずははじめに行動がある。でも、なぜ自分がそのような行動をしてしまったのか、春田自身が理解できない。そのため、行動があって、その理由を考える。
例えば、2話では、牧が家に戻ってこないことから、探して走り回る。
4話では、武川さんのところにお世話になるという牧を、思わずバックハグで引きとめる。
5話では、武川さんに「牧から手を引いてください!」と土下座で懇願されるが、「それはなんか嫌だ」と思う。しかし、なぜ嫌なのかは分からない。
こうした行動には、その理由となる気持ちが間違いなく存在している。
しかし、春田はその気持ちに気付かない。理由が分からない。
でも、だからこそ、その行動には打算がない。
また、あまりに素直すぎる行動の向こう側に、私たちはまっすぐな「恋する気持ち」を感じ取る。それが春田の魅力のひとつだと思う。
また、少し話が逸れてしまうけれど、この春田のキャラクターこそが、おっさんずラブが「ピュアな恋愛ドラマ」たるゆえんだとも思う。
春田の行動が先行してしまうがゆえに、あとからその理由や気持ちを考え、意味を与えていくという流れは、まさしく、初恋のときに経験する心の動きそのものだと思う。
これだけ物語が飽和したご時世に、いわゆる「普通の恋愛ドラマ」で、ピュアな初恋を描くことは非常に難しい。特に、20~40代の視聴者が感情移入できる大人の初恋を描くなんて(“大人”の“初恋”なんてそれこそ矛盾している)、至難の技だろう。
ファンタジーになりすぎて冷やかな目で見られるのも避けられないかもしれない。
しかし、このドラマの場合は、恋愛の対象を男同士としたことで、逆説的に良い大人が恋をする――つまり恋という気持ちに気付き、相手と気持ちを確かめていく――というプロセスの初々しさ、照れくささ、あるいは幸福感や高揚感を丁寧に描けているのだと思う。
話を戻そう。
春田の気持ちはどう変わっていくのか
私は当初、春田の感情について、グラデーションのようなものを想像していた。
大きな「好き」という気持ちのなかに「友情」であったり「恋愛」であったりという軸があり、上のような出来事を経験するたびに――例えば、牧から「普通には戻れない」と額にキスをされたり(2話)、武川さんが牧の手を握っているところを見つけてしまったり(4話)するたびに――、そこを行き来している。そしてそれは、少しずつ「恋愛」に傾いていく。そんなイメージを持っていた。
しかし、最近の圭さんのインタビューを読み、ドラマを何度か見返すうちに、いや、別の解釈もできるのではないかと思い始めた。
春田は決して、牧に対して、その想いを段階的に寄せていったのではない。「友情」だったものが「恋」、つまり、牧を求める気持ちに変わっていったのではない。
正確に言えば、もちろん牧の人となりを知って、徐々に変わっていった部分は多分にあるとは思う。
でも、それ以上に、最初から「恋する気持ち」もそこにはあったのではないか。そしてそれこそが、黒澤との違いだったのではないか。
つまり、当初から牧が「好き」だった。そして、その「好き」の中には「恋」も少なからずあった。ただ、他でもない春田自身がその気持ちに気付かないようにしていた、蓋をしていた部分が大きいのではないか。
単純に気付かなかったのではない。無意識に、気が付かないようにしていた。
1話のラストで、春田は牧に告白され、そして突然キスをされる。
続く2話、「神様、こんなに消えてくれないキスの感触、初めてです……」というモノローグ。これは、コメディとしても受け取れるし、恋愛ドラマの予兆としても受け取れるし、そのダブルミーニングが秀逸すぎると思うのだけど――春田は「消えてくれない」そのキスの意味を考える。武川や瀬川に思わず相談してしまう。
その後、牧が「冗談ですよ」と一度引くわけだけど、春田はそれに対して「男同士でキスとかマジでねーから」と怒る。さらには、黒澤と春田が好きだと言い争いになった牧に、「俺たち会社の同僚なんじゃねーの」と、涙ながらに戸惑いをぶつける。
2話全体を通して、春田は男同士の恋愛に対して否定的な考え方を示す。
しかし、これは単純に牧がした行動を非難したいだけではない。
この戸惑いは、他でもない春田自身に向けられている。男から告白をされる、というかつて経験したことがない状況に置かれた春田が、改めて自分の立ち位置を確認しているのであり、そしてある種の呪縛ですらある。
つまり、これまでの経験や常識から、春田は他でもない自分自身に対して、「男同士とかあり得ない」「俺たちは会社の同僚」というストッパーをかけてしまう。だからこそ、内なる「恋する気持ち」には気が付けない。むしろ、気が付かないようにすら見える。
春田の牧に対するこうした戸惑いは、2話以降も時折見られる。
例えば、同じ2話での「俺はロリで巨乳が好きなんだよ」という叫び。
あるいは、5話で牧から「付き合ってください」と告白されたあとの「牧にとって俺は、彼氏なの? それとも、彼女なの?」という確認や、ちずに牧と付き合っていることをカミングアウトする「やっぱさ、俺はあんまり知られたくはないんだけど」という困惑がそれに当たる。
いずれもコメディタッチで表現されているため、笑いのうちに過ぎてしまうけど、春田がこれまで生きてきた世界での「常識」(春田の中での「当たり前」。揺るぎないと思ってきたもの。)が描かれる。
それこそが、何よりも春田自身の気持ちに歯止めをかけている。
一方で、「恋する」気持ちには気付けないけれど、春田の中で「好き」な気持ちは確実に大きくなっていく。
それは、5話でちずに「春田も(牧くんのことを)好きなの?」と聞かれたときに、「俺は……まあ、うん」と答えるところ。同じく5話のラストで、「牧と一緒にいることは、俺にとって全然恥ずかしいことじゃないから」と気持ちを伝えることからも分かる。
このときの「好き」は、「特別」であったり、「大切にしたい」であったりすると思う。
でも、なぜ「特別」で「大切にしたいのか」という根本的でかつ決定的な部分にはたどりつけない。
それが顕著に表れているのが、6話のラストシーンだ。
牧が春田に「春田さんなんて好きじゃない」と気持ちをぶつける、このドラマ最大の見どころのひとつである。
このシーンについて、圭さんは、「牧との別れのシーンも、牧の気持ちがスッと入ってきちゃうから引き留められない」と振り返っている。
圭さんの解釈を出されてしまったらもうそれ以上の正解はない。
でも、厚かましくもその言葉をさらに解釈させてもらえば、牧の気持ちがスッと入ってきたものの、春田はそれに対応する言葉をその時点で持ち合わせていなかったのではないかと思う。
「これから家事も手伝うし、いつか牧のお父さんにも認めてもらえるように努力するから」
そう答えるけれど、春田は付き合っている相手が泣きながら自分の気持ちを吐露してきたときに、そんな表面的なことを返すだろうか。
幼馴染のちずから告白を受けるも、その気持ちに今まで気が付けなかったことに戸惑い、さらに涙が溢れてしまったちずの顔を見て、思わず抱きしめてしまうくらいなのに。
牧の気持ちがスッと入ってきちゃうのは、牧が好きだから。その好きは「特別」だし、「大切にしたい」存在だから。でも、それがなぜかは分からないから、ちずのように抱きしめることはできない。引き留めることもできない。
春田が「恋」に気付くとき
そんな春田はいつ自分の気持ちに気付いたのか。そのきっかけは何か。
それは言うまでもなく、黒澤武蔵との結婚にほかならない。
春田が誓いのキスを前にして自分の気持ちに気が付き、感情が溢れだすシーン。それまで常に受け身だった春田が、自分の気持ちに気が付き、それに従い、動き始めるこの瞬間。
私はここの圭さんがとてつもなく好きで、初見時には鳥肌すら立ったのだけど、この場面で、春田は初めて自らの意思で、自分からキスすることを考える。目の前の相手――自分の尊敬する部長――にキスをしたいのか。
それは、行動から気持ちを考えていたこれまでとは違う。まずは気持ちがないことには、その先の行動が生まれない。
そこで思い浮かぶ牧の顔。牧からキスされたこと。牧を思い出すと、流れ出てくる涙。
それまで蓋をしていた想いが一気に溢れだすこの瞬間は、何度見ても苦しくなる。
おそらく、それまでの春田だったら、もしかしたら、牧の顔が浮かんでもそれがなぜか分からなかったかもしれない。無意識に、いやなんで牧なんだよ、と否定したかもしれない。
「牧が好きだ」「俺はお前とずっと一緒にいたい」と自分の気持ちに気付き、受け入れられたのは、武蔵が春田に対して注ぎ続けた愛があったからこそだと思う。
結婚式が始まる前に抱き合うシーンを見ていても感じたけれど、あの場面での春田に、それまでのような拒絶や戸惑いは見えない。呪縛を解いてくれたのは、武蔵の情熱的で、温かく包み込むような愛情なんじゃないかと思う。
さて、ここまでつらつらと春田の気持ちの移り変わりを書いてきた。
春田が牧に対する気持ちを、「キスしたい」のその先に見つけたからこそ、7話の最後のキスにはとても大きな意味がある。
「恋する」気持ちに気付いたことの、牧に恋したことの何よりも一番の表現だから。
それまで、春田は牧と付き合っていると言っても、ふたりはおそらく同じ気持ちではなかっただろう。
「好き」という気持ちで同じものを共有はできていなかった。
牧は春田に対して「~したい」という欲求がたくさんあっただろう。一方で、春田にとって牧は特別で、大切にしたくて仕方がない存在ではあったけど、それがなぜかは分からなかった。その気持ちを表現する言葉が見当たらず、だからこそ、自分の下から立ち去ろうとする引き止めることすらできなかった。
その、特別で大切にしたくて仕方がない想いが、「恋」なのだと、牧と同じなのだと、いやもしかしたらあれだけ感情的になる牧以上なのだと、たったの数秒で見せたのが、最後のあのキスだったと思う。
確かに1話から春田は牧が「好き」だけど、その好きの次元が変わったのだ。
乱暴なのに、そのひとつひとつの所作は、「好き」なんて言葉よりもよっぽど、気持ちが伝わってくる。牧の喜びと、幸せを受け入れる怖さからくる震えすら。とてつもなく生々しく伝わってくる。
だからこそ感動が止まらなかったのだと思う。
あと、個人的には。
自分の気持ちに蓋をし、自らの「恋する気持ち」に気が付けなかった春田。
「恋する気持ち」が溢れるも、うまく伝えられず、我慢してしまう牧。
6話と7話でそれぞれの役に感情移入せざるを得なかった私たち視聴者にとって、あのキスは、まさに自分の初恋が叶った瞬間にめぐり合えたような、そんな錯覚を抱かせてくれたんじゃないかなって。だからあんなに幸せで、心を動かされるんじゃないかなって。
そんな気がする。
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